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八戸市/南部伝承イタコとオシラサマ


イタコ/松田広子
青森県・八戸市

「南部地方」と呼ばれる青森県東部や岩手県の北部・中部には現在もイタコがいる。死者の霊を降ろす、本州の最果ての恐山にいる、おまじないで病気を治す。断片的にしか伝えられることのないそうしたイタコの噂にはいつも不思議な印象がつきまとう。
東北の南部地方特有のこのイタコという文化がいつから始まり、一体どのように存在してきたのか。南部地方に伝わる由緒あるイタコの後継者である松田広子さんと、南部地方の郷土史を研究している江刺家均先生によるお話です。

写真左:江刺家 均(えさしかひとし): 1949年、青森県八戸市生まれ。郷土史家。東北地方をはじめとした地方郷土史の研究を中心に、松田広子さんの恐山デビューをきっかけに出会う/写真右:松田 広子

カウンセラーでヒーラー
心の健康を取り戻すために

松田:イタコというのは、集落の相談役です。外の誰にも話せないようなこと、例えば悪口、小言などを相談しにいらっしゃる方もいます。また、数珠で体をお祓いしたり、虫歯だとか、手首が痛いとか、火傷、視力が落ちた、血圧が高い…など、体の部位や対象の方に合わせた呪文を唱えてお祓いをします。

江刺家:イタコには神様の声を私たちに伝えてくれる媒介としての役割がありますよね。人の前では言えないこともイタコが背負っている神様になら言えるので、心に溜めていたことをイタコの前に吐き出すことによって相談者はストレスを発散することができ、それによって心の健康を取り戻すのです。そのためのまじないごとやお祓いをよろず相談のようにやってきた存在だと言えるでしょう。

松田:対話によって人の気持ちを落ち着ける、一種のカウンセラーみたいなものかもしれません。相談者の身体に数珠を当てるお祓いも、直接身体に触れることで心をほぐすヒーラーの役割もあるのではないでしょうか。イタコは閉鎖的な空間のなかで相談者のご先祖様やオシラサマという神様を介在して対話するわけですが「神様の前だから、全部言っちゃっていいんだ」というように相談者はすべてをさらけ出すことができます。相手が神様だからなんでも告白できるし、それによって癒されるのです。

縄文の時代から現代まで
「伝承」されてきた職能

江刺家: 東北北部には縄文遺跡がありますが、縄文の時代からすでにイタコに近い存在はあったと思います。目に見えない災いから身を守るために、超自然的な存在と交信するシャーマンのような能力を持つ者と相談し、災いを未然に防ぐ試みをしていた。それがやがて「死者の魂と会うためにどうすればいいか」ということにつながり、今でいう「口寄せ」が生まれた。家族という共同体ができると、一族をまとめるための神様であるオシラサマが登場し、南部地方で広く信仰されるようになっていった。神様を遊ばせる「オシラサマアソバセ」という儀式ができ、一族が飢え死にすることのないよう五穀豊穣の祈願をしたりするなかでイタコが生まれたのだと思います。

そうした存在が現在にまで受け継がれてきた理由のひとつには、イタコが職業化されことがあるでしょう。イタコは目の見えない人の専属の職業としてお祓いをしたり、各家庭に祀られているオシラサマを遊ばせて家族の絆を深めたりするようになりました。それが山伏修験の女房たちによって組織化され、師弟関係がはっきりわかるような形で伝承されてきました。江戸時代からの歴史をなぞることができる形で伝承されてきたというのが、この南部地方のイタコの特徴的なところだと思います。南部「伝承」イタコというのはそういう意味です。

ですから、誰でも勝手になれるのではなく、きちんと師匠の下で修行してはじめて「イタコ」を名乗れる。逆に言うと、南部伝承イタコはちゃんとした修行を経ていなければ伝承されない由緒あるイタコということです。松田広子が6代目の南部伝承イタコであり、いま現在は最後のひとりです。

死者の魂が向かう恐山と
オシラサマという神様と

江刺家:明治終わり頃、日露戦争、日清戦争で多くの方が亡くなりました。戦争で亡くなった方の声を聞きたいと思う方々のために、亡くなった方の魂を呼び出す口寄せをイタコが行ったんです。この南部地方では、死者の魂は恐山に行くと信じられていました。他にも出羽三山の月山や羽黒山、津軽地方の五所川原市の川倉地蔵尊、秋田では男鹿半島の太平山などでイタコが集まって口寄せを行う「イタコマチ」というものができあがりました。いまではイタコはふだんは自分の街に住んでいますが、恐山大祭のときは恐山にまで出向いて口寄せをすることがあります。

オシラサマは青森県内と岩手県ほぼ全域と、宮城県の県北部あたりで信仰されてきた神様です。地域によってかたちは違いますが、基本的には女性と男性と二体揃った神様です。諸説ありますが、蚕が糸を産み出すように「何かを産み出す」神様とされ、祀っている家によって役割も違います。漁師の家のオシラサマは大漁祈願の神様だし、農家のオシラサマは五穀豊穣の神様です。飢饉の際には家族を守ってくれる神様、危険から家を守る神様でもあります。オシラサマを祀っていろいろな占いごとをするので心の目を司る神様、目の神様とも言われます。

小正月、1月15日頃、イタコがやってきて祭文を延々と唱え、家族親族一同の占いごとをするオシラサマアソバセをします。 集まってきた一族郎等や隣近所の縁者が団結するための儀式です。一族の秩序を乱すものがあれば、オシラサマという神様の力を借りてたしなめます。争いごとの原因となった人の占いごとをするときに「おまえは最近こういうことがあったな」「だから今年の何月何日に注意しないと大変なことになる」「だから少しは落ち着いておとなしく生活をしなさい」というようなことを神様の声で伝えることで一族の結束を高めていくんですね。

松田:イメージとしては座敷童のような、家に居座る神様、家を守る神様です。子孫繁栄でもあるし、願いによっては違うものに変化するけど、すべては家を守るための守り神。オシラサマとはそういう存在なのだと思います。

写真=東北STANDARD this article form 東北STANDARD