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潟上市/子どもも大人も学び合う〈野育園〉

全国的に田植えの時期を迎える5月。米どころが多い東北地方では、田植え前の水を張った田んぼが五月晴れの青空を映す水鏡が美しい季節です。 この美しい景色はうらはらに、1990年に400万人だった農業従事者が2015年に200万人を割り、日本じゅうの田んぼが耕作放棄地になっているという問題も起こっています。

そんななか、農薬も高価な機械も使わない田んぼ体験ができる〈たそがれ野育園〉という取り組みがあります。鎌などのちょっとした道具と、あとは人間の体さえあればできるという自然農法の一つ「不耕起栽培」という方法を身につけることで「自給力」を養う取り組みです。

人が集まり、笑顔あふれる田んぼの風景をつくる
新緑が目に鮮やかな5月下旬のとある週末、田んぼからにぎやかな笑い声が聞こえてきます。大人たちが手でせっせと田植えをするかたわら、子どもたちはおたまじゃくしやタニシを捕まえたり、網で川底をすくうのに熱中したり、田んぼの裏山を駆け登ったり。

米を中心にブルーベリー、大豆、枝豆、かぼちゃ、トマトなどを育てている農家で〈たそがれ野育園〉主宰の菊地晃生(こうせい)さん・みちるさん夫妻が、田んぼのひと区画を希望者に貸し出し、自分たちが実践している自然農法の一つ「不耕起栽培」の知識を伝える活動を始めたのは、今から4年前のことでした。この“保育園”ならぬ“野育園”は、毎年20組、50人近い家族や学生、自然農法を学びたいというプロの農家など、年齢も職業も異なる人たちが集う田んぼになっています。

〈たそがれ野育園〉での田植えの風景。老若男女が集い、和気あいあいと和やかな雰囲気。

食べるものだけに、みんな真剣。

地元の大学生も「田植えは初めて!」と泥の感触を確かめながら、この笑顔。

農業に携わって何十年というベテランも、自然農法を学ぶために参加しています。

どろんこになってのびのび遊ぶ子どもたち。©菊地晃生

田んぼの後ろには里山の風景が広がります。

『一粒がこんな風に実ったんだよ』あのパワーを感じて
〈たそがれ野育園〉が単なる田植え体験や稲刈り体験と違うのは、一年を通して自分が希望する区画をすっかり任されること。「稲は人の足音を聞いて育つ」という言葉もあるくらい、お米づくりは手がかかります。田植えや稲刈りはそのうちのほんの一部。だから〈たそがれ野育園〉では種まきから脱穀まで、田んぼで自分たちの手で行うことが大切だと晃生さんとみちるさんは言います。

園主の菊地晃生さん。ランドスケープデザインの仕事から一転、祖父の田んぼを受け継いだ。

晃生さん「田植えや稲刈りは一年のうちのたった1日。それまでの半年間にどんな工程や、何があるのかということを少しでも伝えたいんです。季節の移ろいや稲の姿や色が変わっていくことも含めて、僕らの田んぼに来てもらって、そこで感じてもらうことはどんな言葉よりも強く伝わると思うんです。」

妻の菊地みちるさん。家具デザインの技術者として地元・愛知県での勤務を経て結婚と同時に夫の出身地である秋田へ。3児の母で、この5月にはもう一人赤ちゃんが生まれる予定だとか。

みちるさん「種まきからお米を収穫してお米の袋に詰めるまでの生き物の一生を見てほしいんですよ。農家と同じように、『あの一粒がこんな風に実ったんだよ』という、生き物のあのパワーを感じてもらいたいんですよね。菊地家の田んぼを手伝っている、という感覚ではなくて、『うちの田んぼ、大丈夫かな、見に行かなきゃ、手入れしなきゃ』という感覚になる。それはもう、農家の感覚そのものなんです。」

4月の種まきの様子。種もみが重ならないように、均一に蒔けるかな?©菊地晃生

「田んぼに人の声を取り戻したい」
晃生さんは就農して今季で10作目。ベテランですね、と声をかけると、全然と首を振ります。

晃生さん「就農者の今平均年齢が75歳ですから、50代までは若手じゃないですか。僕なんてまだまだ本当に足元にも及ばないです。僕は祖父が亡くなってから田んぼを受け継いだので、田んぼのノウハウをほとんど持っていない状態から始めました。もちろん自然乾燥米だってやったことがなかったですし、未だに試行錯誤しながらやっている部分のほうが大きいんじゃないかな。自分の田んぼでは不耕起は採用していますが、コンバインで稲刈り脱穀をするし、バインダーを使ったりしてますが、そういうものがなかった時代の人たちですから、凄まじい農業人生を歩んでこられた先輩方だったと思います。」

機械を使わずにいかに効率的に除草できるかを考えて晃生さんが自作した人力除草装置。こうして試行錯誤しながら、人の手でできることを探る。

晃生さんが「不耕起栽培」を始めたのは、近代農法は機械化とコンピューター化が進み、いかに効率良く多く収穫するかということだけに焦点が当たる価値観に馴染めなかったからだそうです。「不耕起栽培」は読んで字のごとく「耕さない」田んぼのこと。人力だけで田んぼをやる場合、もっとも大変になる田おこしの作業なしに稲作を行えるのが最大のメリット。あとは体と鎌などのちょっとした道具さえあればできる、ある意味原始的な方法ですが、これなら高価な機械を導入しなくてもだれでも田んぼを始めることができます。「この技術を多くの人が身につけていけば、自分が一年間食べるお米ぐらいは自分でつくるということだって夢じゃないんです。」と晃生さん。

こうして人の手を使うから、自然に共働するようになったり、自然とお互いにわからないことを教えあったり。「お隣の田んぼは今赤ちゃんが生まれたばかりで大変だから、草取りを少し手伝おう」なんていう共助の精神が育まれていくなど、〈たそがれ野育園〉では大人も子供も互いに学び合い、助け合い、成長していく場所になっています。

田んぼに山の緑、青空が映る。春ならではの美しい風景。

晃生さんは「やりたくないことはやらずに、気持ちいい農法を選びたい、というふうに思ったんです。」と静かに語ります。田んぼに人の声が響く、明るい場所。そういう田んぼを現代で実現するのは、並大抵のことではなかったはずですが、晃生さん・みちるさんは知恵を絞り、柔軟な発想で、自分たちの田んぼを新しいコミュニティーの場を作り上げていったのです。

秋の収穫祭。実りに感謝して田んぼのあぜ道で音楽ライブが行われた。©菊地晃生

このあたりでは稲ははさ掛けではなく、「ほにょ」と呼ばれる1本杭に束ねて重ねて干す。天日干しの米の旨みは抜群。©菊地晃生

年末恒例の餅つきでは、のり、しょうゆ、あんこ、きなこのほか、大根おろし、納豆、みたらしなどを持ち寄り、こんなに賑やかな食卓に。©菊地晃生

現在はコンバインで稲わらも粉砕してしまうため、貴重になった手刈りのわらを使って、しめ縄づくり。©菊地晃生

田んぼから生きる力と暮らす喜びが育っていく
こうして始まった〈たそがれ野育園〉に集まったメンバーは、水を得た魚のように菊地家の田畑でのびのびと自分たちのやりたいと思うことをどんどん提案していきました。その結果、藍と綿花を育てて糸を紡ぎ、藍染めをやってみる「手しごとクラス」や、秋田の在来種の大豆「リュウホウ」を育て、自ら不耕起栽培で育てた米で麹をつくって味噌を手作りする「マメミソクラス」、露地栽培でジャガイモなどを育てる「露地野菜クラス」など、どんどんと活動が派生していきました。

「マメミソクラス」で大豆を煮ている様子。©菊地晃生

麹も米から育てたものを使う。©菊地晃生

笹巻き作りを習う様子。初夏の青々とした笹でお米を巻いてつくる東北地方の日本海沿岸部ではポピュラーな食べ物。

完成した笹巻き。

種と綿を効率よく分ける工程「綿繰り」。この綿繰り機はみちるさんのお父様が自作されたものだとか。©菊地晃生

藍の葉っぱと茎を使う「生葉染め」に挑戦。「なんでもやってみる」のが〈たそがれ野育園〉。©菊地晃生

晃生さん「田畑とか、暮らしって、なんでもそうですが一人じゃなくて、たくさんの人の知恵やアイデア、想像力や結束力でどんどんおもしろく、美しくなっていくんだなということを自分自身が〈たそがれ野育園〉を通して実感しています。自分でもできる、もっとやってみたいという感覚は、子どもだけじゃなく、僕ら大人ももっともっと育てていける。野育園はそういう場所であり続けたいと思っています。」

「さあ、今年はどんなことをやろうか」。〈たそがれ野育園〉に通う人たちの心の中で、多種多様なワクワクの種が芽を出し始めているようです。

〈たそがれ野育園〉ウェブサイト http://noikuen.wixsite.com/noikuen

写真:高橋 希
作業風景の写真:菊地晃生
文・編集:三谷 葵
this article from yukariRo

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yukariRoは、漢字にすると「縁路」。ご縁でつながった人たちに取材し、当たり前すぎて「ふつう」のワケを調べ、その土地ならではのおもしろさを追うリトルプレスです。その土地らしい理由、人の性格、クセや習慣、自然、歴史、ほんの偶然……。何が出てくるかはわからないけど、出てくる何かがおもしろい。そういうおもしろさを求めて、自分たちの住んでいる町を取材しています。

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WRITER / EDITOR
三谷 葵

1981年長野県生まれ。編集者・ライター。中央大学大学院総合政策研究科修了。新潮社「考える人」アノニマ・スタジオを経て、2013年3月より秋田県在住。株式会社See Visionsで編集者・ライターとして活動するかたわら、リトルプレス「yukariRo」をカメラマンの高橋希と二人で立ち上げる。一度ハマるとしつこいタイプ。

PHOTOGRAPHER
高橋 希

1974年秋田県生まれ。明治大学文学部在学中、音楽冊子『SPYS』の制作にかかわることで写真に興味を持つ。卒業後、写真家・河村悦生氏に師事し独立。フリーランスのカメラマンとして活動していたが、2013年4月に秋田へ戻る。リトルプレス「yukariRo」のほか、アートイベント「オジフェス」を4回実施。“ないものは作る”がモットーの猪突猛進型。
https://ozimoncamera.tumblr.com/

spot.
空の木cafe

地元の醸造会社「小玉醸造」の社員寮だった木造二階建て、築70年の建物をセルフリノベーションによって改修した「こだま会館」内にあるカフェ。店主の柴田空木さんが日替わりで季節感たっぷりのランチと、焼き菓子を中心とした菓子類、ハーブティーなど、すべて手づくりで提供しています。

住所:秋田県潟上市飯田川飯塚字水神端75-2

時間:11時〜16時(営業日は「空の木Garden・cafe」のfbページでご確認ください)

PRODUCT.

ファームガーデンたそがれの木苺を使ったジャム。爽やかな酸味とつぶつぶとした食感が楽しく、ヨーグルトに大変よく合う一品。潟上市にあるスーパーマーケット「ダイサン クレタ店」など県内の食料品店で取り扱うほか、オンラインショップ「たそがれ商店」で通信販売も可能です。