LIVE + RALLY PARK.(ライブラリーパーク)

青森市/田中忠三郎が遺したモノ

田中忠三郎をご存知だろうか。

青森に生まれ育ち、2013年に79歳で没した在野の民俗学者である。考古学に興味を持ち、石や土器を夢中で掘り起こすような少年時代を過ごし、やがては働きながら、あるいは仕事を辞めてまで、遺跡発掘に没頭する青年時代を送った。

そののち興味の矛先を民俗・民具へと移してからは、浜辺や山の村を訪ね歩き、姥や古老たちから話を聞くというフィールドワークを通して、寒冷の地・青森に暮らした人びとの暮らしぶりが伝わってくるような衣服や民具などを収集するようになった。その約40年にもわたる収集生活で集めた衣類や民具の数は、およそ2万点にも及ぶという。

その膨大なコレクションのなかには、のちに国の重要有形民俗文化財に指定された刺し子着約700点や、県の有形民俗文化財に指定された紡績用具約500点なども含まれている。そしてまた彼の収集したモノのなかでも有名なのが「ぼろ」と呼ばれるつぎはぎの着物である。ぼろぼろの 「ぼろ」に価値を見出すことなど、それまでの誰にもできなかったことにちがいない。

 2018年現在、田中忠三郎のコレクションの一部は、東京・浅草のアミューズ・ミュージアムで見ることができる。しかし、この美術館は2019年3月に閉館することが決まっている。

「ぼろ」は、それを着ていた人たちからすれば、東北の北端の貧しい農村の暮らしを象徴するかのような、とても他人には見せられないような恥ずかしいものであったかもしれない。物質的に豊かになっていく時代の流れのなかでは、ゴミとして永遠に葬り去りたいようなものであったかもしれない。

しかし田中はこの「ぼろ」という衣に込められた、貧しい暮らしのなかで布を大切に大切にしながら一生懸命生きている人間の想いというものを感じ取り、こうした文化や記憶が伝承されずに消え去ってしまうことのほうを恐れたのである。

===
かつてこの地に生きていた人々は決して布や衣類を粗末にしなかった。丹念に刺し綴った着物をまとい、日々を精一杯に生きた。その根底には、先祖がさんざん味わってきた寒さに対する恐怖があったからではないか。その恐怖から身を守ってくれたのが、「衣」であった。つまり、衣類は生命そのものだったのだ。(『物には心がある。』)
=== 

寒冷地である青森では綿花の栽培はできず、かつて農民や漁民の着るものや身の回りのものに使われたのは木綿ではなく麻布だったという。布団も着物も麻布を何枚も重ねることであたたかくなるように工夫し、穴が開けば古布をあて、継ぎ、糸を刺して丈夫にしたという。ひとびとは一本の麻糸を、わずかな布切れを、まるで命のように大切に扱ってきた。古布は嫁入り道具にもなったし、つぎはぎされた衣類や布団は何代にも渡って家族に受け継がれていったのだそうだ。

厳しい環境のなかで日常を生き延びていこうとしたひとびとの知恵や技術、さらには美意識や喜びというものが、これらの「ぼろ」には込められていたのだ。

 ===
 東北、ことに雪国は縄文時代から近世まで、正史の中に書き記されることがなかったし、特に庶民および常民に関する記録は一切必要なしとされてきたので、文献が非常にわずかしかない。しかし、本当の歴史は、教科書に出てくるようなごく一部の偉人が作ったのではなく、多くの名もない市井の人々、庶民が作ったのである。
 私は民具から先人の知恵を学び、無言の道具から言葉を引き出したかった。暮らしの中にあった情や想いを、物によって語らせたいと思ったのである。(『物には心がある。』)
===

ごくふつうの生活を送る私たちの日常こそが、本当の歴史なのだ。そして、せいいっぱい生きる私たちの日常のなかで交わし合う思いやりややさしさこそが、次代へとつないでゆくべきものなのだ、と田中は教えてくれている。

見渡してみれば、私たちの暮らしのなかには「ぼろ」のような宝ものはほかにもあるのかもしれない。だが、自分たちの暮らしのなかにある宝がなんであるかを見抜く目を、私たちはしっかりと持っているだろうか。

晩年には、寺山修司の映画や黒澤明の映画に衣装提供をしたり、紺綬褒章を受賞したりとその仕事の重要性を認められた田中だが、若い頃は「ガラクタを集めている」と冷笑を浴びるなど、周囲から理解されずに辛い想いをしていたということも忘れてはならないだろう。

収集したモノに囲まれた田中忠三郎は、しかし、モノの向こうに人間の生き様を見ていたのだろう。

流行からとり残されたものはすぐに廃棄されてしまう消費文化の対極にあるものとして、さらには唯一無二の美しさを宿したテキスタイル・アートとして、「ぼろ」は「BORO」として今や世界から注目されている。

しかし、そんなふうに世界から注目を浴びるよりもずっとまえから、日常と地続きの過去のなかに埋もれていたモノの価値を自ら見つけ出し、掘り起こし、その価値を信じきった田中忠三郎という人がいたこと。そして彼のようなまなざしを持たなければならないこと。東北人のぼくらはいつまでも心に刻んでおかなければならないだろう。

 (参考文献)
・『物には心がある。』田中忠三郎 / アミューズ エデュテインメント
・『みちのくの古布の世界』田中忠三郎 / 河出書房新社
・『BORO つぎ、はぎ、いかす。青森のぼろ布文化』小出由紀子・都築響一 / アスペクト

text & photo :那須ミノル