LIVE + RALLY PARK.(ライブラリーパーク)

いわき市/桜咲く百年後の風景をつくる

2011年5月。東日本大震災からわずか2ヶ月後、志賀忠重さんは仲間とともに「いわき万本桜プロジェクト」を始めた。植樹者を募り、いわきの里山に桜を植樹するのだ。目標、9万9千本。

その日から8年近くが経った現在、いくつもの山々に渡って約4千本の桜が植えられている光景を、私たちは目にすることができる。

近くの里山には、自生していた山桜と、植林された若い桜の木々の姿があった。

目標の達成までにまだまだ途方もなく時間がかかることは、志賀さんにはわかりきっている。
「早く目標に到達すればいいというものじゃないし、自分たちが楽しくやることが大事だから」と笑う。

誰かが一度にたくさん植えるというのもナシだ。植樹はひとり1本と決めている。ゆっくりと、しかし着実にプロジェクトを進めている。それでいいのだ。

山に桜を植える、というのは口で言うほど簡単なことではない。植えるための場所をつくるためには山を拓き、草木を刈らなければならない。植えたら植えたで、若木にちゃんと陽の光が届くようにしなければならないから、やっぱり草木を刈らなければならない。

植えたばかりの桜が、ときには山の動物たちにいたずらされたり、自然の力によって折れたりすることもあるから、補強をしてあげたり手をかけてあげなければならない。それを、いくつもの山々の広大な斜面で行わなければならない。時間もかかるし、体力も使う仕事だ。それを喜んでやってくれるボランティアの人たちともに自分たちの手で、自分たちのちからで、楽しみながらやることにしている。

植樹する人も、ボランティアする人も、日本中から、世界中から訪れてくる。志賀さんは「来てください」とか「植樹してください」「手伝ってください」とは決して言わない。「私にやらせてほしい」と言う人だけを受け入れることにしている。こちらがお願いしてやってもらうことではないからだ。

桜を植える山は、自分のものではない。使わせてもらっている。地元の里山の地主さんたち60人ほどが、このプロジェクトに協力してくれているのだ。桜を植えれば植えるほどに、場所は足りなくなっていく。そのたびにまた新しい地主さんに会いにいく。「いつうちに来てれるかと思って待ってたよ」と優しく迎えてくれる地主さんもいる。

この日、志賀さんは、倒れかけていた桜の若木をレスキューしていた。

植樹した人たちは、それぞれの願いやメッセージをその桜の枝に掛けてゆくのだ。

植えたばかりの桜の木の下には、未来予想図が。

志賀さんは、いわきの風景をつくりかえようとしている。日本一どころか、世界一の桜の風景をつくろうとしているのだ。

「いわきを見たい」「いわきの桜を見たい」「一面に桜が咲き誇る美しいいわきの春を見せてほしい」と言いながら人々がぞろぞろと押し寄せてくる日の風景をつくろうとしている。1本の桜を植え、山の草を刈るということをただただ積み重ねながら、その日の到来への確信を深めている。

志賀さんの心のなかには今も、初心が生きている。

「プロジェクトのはじまり」と題された志賀さんのテキストをここに引用したい。

===
負の遺産

私たち日本人全員の意思で原発を利用し事故を起こしたために、未来の子どもたちへ、負の遺産を残してしまうことになってしまいました。これは永年にわたる放射能の身体への影響、永く使えない土地、そばに行きたくない地域を残してしまうことなのです。さらに経済的には天文学的な負債を抱えなければなりません。このような負の遺産を残してしまうことにすごい悲しさ、悔しさをいまさらながら感じています。なんとかならないものでしょうか!

春、桜の花が満開に咲いているのを見て、20年後、30年後の子どもたちに山一面の桜を見てもらおうと思い立ちました。万が一、いわき住めなくなったときでさえ、いわきを愛していた人たちの気持ちが伝わるぐらい、たくさんの桜を植えたいと思っています。(後略)
===

いつの日か、「世界一」と謳われるほどの桜の景色が、このいわきのまちで見られることだろう。
そのとき、桜が咲き誇るその里山の麓で、その風景に感動した誰かが「一体誰がこんなにたくさんの桜を植えたんだろう?」「一体どんな理由でここに植えたんだろう?」と他愛なく口ずさむときがくるだろう。そのたびに、ここに途方もなく大きな悲しみや怒りがあったことが思い出されることだろう。

その日の訪れは、また一日一日と近づいている。

志賀さんたちが想い描く、震災から100年後のいわきの風景。

photo & text :那須ミノル(real local yamagata)

SPOT.
いわき回廊美術館

いわき万本桜プロジェクトの事務所となっている場所には、志賀忠重さんをはじめとするいわきの方々と世界的な現代美術家・蔡國強さんとの友情から生まれた「いわき回廊美術館」があります 。東日本大震災の翌々年に制作されました。

蔡さんが館長を務めるこの美術館は、その名のとおり、まるで蛇のような長い回廊となっています。未来のいわきを描いた子どもたちのたくさんの絵などが飾られています。

また、蔡さんといわきの人たちによる共同作品や、手づくりのツリーハウス、ブランコなどがあるほか、音楽イベントなども開催されています。

いわき回廊美術館
福島県いわき市平中神谷地曾作7