LIVE + RALLY PARK.(ライブラリーパーク)

TALK LIVE/むすぶデザイン、つなぐ人

2018年10月20日、LIVE+RALLY PARK.(ライブラリーパーク)で開催された「North Japan Exhibition 3」では東北のキーパーソンによるTALK LIVE が行われました。

今回は、山形県新庄市から吉野敏充さん(吉野敏充デザイン事務所)と樋口修さん(新庄市エコロジーガーデン交流拡大プロジェクト実行委員会)をお迎えし、ライブラリーパークの企画運営を担うSendai Development Commission株式会社の勝又源紀取締役が聞き手となって、まちとマルシェの現在そして未来について語り合いました。

以下、その模様の一部をお届けします。

左より、樋口修さん(新庄市エコロジーガーデン交流拡大プロジェクト実行委員会)、吉野敏充さん(吉野敏充デザイン事務所)

 

勝又:今日は山形県新庄市から吉野敏充さんと、樋口修さんにおいでいただいてます。まずは自己紹介からお願いします。

吉野:吉野です。七年前に仲間とkitokitoMARCHE(キトキトマルシェ)を始めました。主にグラフィックデザインの仕事をしております。

樋口:樋口です。そのキトキトマルシェの開催場所である新庄市エコロジーガーデンは、色んな人に集まってもらい交流を広げてもらう場所でして、私はそこの統括をしております。

勝又:吉野さんは東京でお仕事されていたとお聞きしました。

吉野:そうですね、東京で10年くらい。

勝又:そこから東北に戻るきっかけは?

吉野:東京でその頃すでにファーマーズマーケットというものがあって、その中で「セガレ(倅)」というプロジェクトがありました。これは地方出身のせがれたちが、地元の農家である親から野菜を仕入れて東京の青山や表参道、自由が丘などで売るというもの。で、ぼく自身、農家を継いでいない息子だったので凄く惹かれてしまって「やらせてください」と。

勝又:吉野さんもセガレになった、と。

吉野:そうです、ぼくと同じ悩みを抱えるひとがそこにはいっぱい居て、悩みを共有したり、地元に帰る帰らないの相談をしてました。フリーランスのクリエイターもいっぱいいたので、自分もそろそろフリーランスになろうという流れと地元という流れが混ざりあって、ぼくも帰ろうって気持ちになりました。

勝又:東京でファーマーズマーケットやった結果、地元愛に目覚めた、と。

吉野:地元のものを売るなら、地元のことを知らなくちゃいけなくて、地元の状況を知っていくうちに「まだまだ捨てたもんじゃないな」って思ったわけです。

勝又:なるほど。で、地元に戻られたわけですね。

吉野:東京にいた頃からTwitterとかFacebookとかSNSが浸透し始めていて、新庄のことを呟いたら「ぼくも新庄だよ」みたいな感じで繋がりが生まれていました。実際に新庄に戻ると、そのきっかけから世話してくれた人もいたり、樋口さんとも会ったり、色々繋がっていきました。「こんな人がいるよ、いい場所があるよ」ってどんどん連れまわされているうちに、マルシェを地元でやるのも面白いなって思いました。

樋口:農業をまじめにやっているグループの人たちが「自分たちがこだわって作ったものを対面販売できたらいいよね」ってちょうど言ってたんです。そしたら吉野さんが「青山ファーマーズマーケットというおしゃれなマルシェをちょっと真似させてもらおう」って話をしてくれて、いろいろなイメージを見せてくれたんです。で、私はいつもいろいろな物を作りたくてしょうがない人間なものですから、仲間と一緒に自分たちでテーブル作ろう、いす作ろうってやってたら青山に負けないものが出来あがった。それで「ここにお客さんを呼ぼう」ってなったわけです。

私にとって吉野さんはものを作る衝動を刺激してくれるんですね。企画を練って「これはどう、あれはどう」って提案してくれるし。私はそれにまんまと乗っかっちゃって、なんでも作っちゃうんです。

勝又:吉野さんはそういう企画とか、またデザインのお仕事をされているわけですが、「デザイン」って表面的な、例えば企業のロゴとかパッケージデザインみたいなものをぼくなんかはイメージしますけど、どうも吉野さんのやっているのはそうじゃなくて、システムとか内面的なものに関わっているように聞こえますね。

吉野:デザインの仕事は待ってても生まれないんですね。自分でやろう、みんなでやろうってときにデザインが必要になってくる。だから、コトを生むということはいつも意識しています。表面だけをデザインをしても上手くいかないんです。

勝又:それはデザイン業界では一般的なことですか?

吉野:細分化されたデザインを極めた人たちもいますけど、ぼくたちはそうじゃない。関わりがあった方がリアルな感じがするし、好きなんでしょうね。

勝又:キトキトマルシェは最初の規模はどのくらいだったんですか?

吉野:出店者は15人弱くらいです、今は30くらいですけど。あと、お客さんは200人くらいです、今は2000人くらいになりました。

勝又:何年かけてでそこまで増えたんですか。

吉野:7年です。最初は本当に、知っている人しかいなかったです。出店者さんにも「人は来ないだろうけどその場を楽しんでくれたらうれしいです」と説明して、それでもいいと言ってくれたからすごく感謝しています。

樋口:最初は人も少ないから準備もすごく大変で。第3日曜が来るのが嫌になるくらい。「自分たちが楽しい場所を作れば『あそこで楽しいことやってるらしいから行ってみようぜ』となって賑わいが生まれるんだ」って若い人たちに言っているんですけど、そのわりには、第3日曜日が苦痛になってました(笑)。

勝又:よくわかります。

樋口:それでも、自分たちが楽しい事をやっているうちに子供たちが集まってくる。子どもたちが集まると大人が集まって、男たちが集まると女たちも集まってきて、色んな人が集まってくる。「ぼくも手伝ってみたいんですけど」みたいな人たちも集まってくるから、今ではみんな何も言わずにダーッと30分くらいで設営できちゃうくらいになりました。

吉野:以前パンフェスっていうのを冬にやってみたら、めっちゃ雪ふって、お客さんが少なくて、パンが売れ残ったんで、翌年春はパン屋を少なくしたら、今度は売り切れになって、パンが買えなかったっていう人がキトキトマルシェのFBページになんか色々と書き込んだんです。そしたら今度はマルシェを愛してくれている人たちが、その人たちと言い合いになって、いわゆる炎上しちゃいまして。「これはまずいな、なんか策を考えないとな」と思ったけど、ここは受け止めずに受け流すことにして。そんなこともあって今年はパンフェスって言わずに「緑の下かおる香ばしさ」っていうテーマにして、パンを買いに来るんじゃなくてここの空気を感じに来てくれっていう表現にしたり。

勝又:なるほど。

吉野:実際はパン祭りとあんまり変わんないんですけど(笑)。目的はパンではなく、この場所を感じることなんだよってことにして。

樋口:で、「パンいつやるんだよ!」って言われて、「今回パンも売っているみたいですよ」って返したり、ね。

吉野:あとは、出店者の候補についても、最初は「抽選です」って言って公平という建前でやってたんですけど、そのうち「どういう抽選をしているんだ」とか突っ込まれるようになってきた。

勝又:大きくなるほど突っ込まれる。

吉野:そうです、なので、「申し込みしてもらっても出られるかはわかりません。テーマに合う人に出てもらいます」っていうふうに、こちら側のルールに変えたんです。そうじゃないと続けられないなと思って。

勝又:そういうトライアンドエラーを繰り返して、2000人規模にまでなっていったわけですね。開催場所はいつも同じ場所ですか?

樋口:同じです、新庄エコロジーガーデン。新庄市の市街地から車で5分くらいの場所で、ここは元々は国の養蚕試験場でした。昭和9年に建てられた古い建物が10棟そのまま残っていて、建物の間には80年かけて大きくなった木があったり、長い歴史を感じさせます。現在私たちが活動している場所とこれからやりたいなと思っている場所を含めると全部で10ha、これは東京ドームで言うと2.2個分らしいです。

勝又:土地の所有は?

吉野:市です。80年以上の建物で、登録有形文化財になってます。

馬場正尊(※):あ、ちょっと混ざっていい? この新庄の養蚕試験場っていうのはものすごく魅力的な場所で、蚕を飼って絹を作っていた古い工場が並んでいる巨大な公園みたいなところなんだけど、ぼくにはあそこがどうなるかによって新庄市が世界からどう見られるかが決まるんじゃないかって気がしています。

(※馬場正尊:建築家、OpenA代表、東北芸術工科大学建築学科教授。Live + Rally Park.の設計を担当したほか、他のTALK LIVEでも度々モデレーターを務めている)

吉野:おおー。

馬場:キトキトマルシェをやったことによる文化的な蓄積が、養蚕試験場の昭和初期から続く建物の魅力と融合されて今に至っているということは、とても重要なことだと感じる。これから地元の大きなプライドにもなると思うし、観光資源にもなる。キトキトマルシェは今2000人って言ってるけど、日本中から人が集まるコンテンツになるんじゃないかな。今後あそこでどういうことをしようとしているんですか?

吉野:ぼくらが運営に関われたらいいな、という希望はあります。子どもたちが遊べる施設とか、学童とか、アートを感じられる場所とか、動物と触れ合う場所とか、昔あったような、新庄という田舎ですら失われ気味の空間を取り戻せていけたらいいな、と。そこにカフェなんかもあるといいですね。

馬場:もう少し地元の人たちが日常的に来る空間にしようと?

吉野:そうですね、マルシェには人が集まりますけど、それ以外ではあまり集まらないので。

馬場:養蚕って昭和の日本の産業遺産だし、あそこは東北の産業を象徴するようにも見える。だからこそ、そこをただ遺跡として残すのではなく、産業遺産を現代に活用しているという全体像を見せることができた瞬間に、ものすごいバリューが出てくると思う。新庄の人なら日常的に使い、観光客なら産業遺産を経験できる。そんなプログラムを推進していけるんじゃないかな。

吉野:色々とせめぎあいは以前からあって。ぼくらはここをこうしたい、でも市はダメだっていうのを7年ずっと繰り返してきいている感じです。

馬場:養蚕試験場がいいのは、施設の中に工場を持っていること。常に自分たちでものを作ることのできる空間が構成されているから、まるでこのライブラリーパークのカフェの裏に工場があってそこで何かずっと作ってるみたいな感じなんだよね。

吉野:そうですね。

馬場:だから、作り続ける人がいるという空間の活き活きした感じはとてもいい。それはたぶん、樋口さんがやっていることに大きな意味があるんだよね。だから施設のなかに工場があるのは何事にも代えがたい武器だと思う。例えばあれをユネスコの産業遺産のひとつにすることもできるんじゃない? それくらい歴史的な価値がある建物に見えるな。

樋口:もともとこの場所は国の研究施設だったので、ここには入っちゃいけないっていう意識が地元の人は強いんです。そういうこともあってこれまで利用されてこなかったってところに、新庄で何か楽しいことをやっちゃうか?みたいになって、この7年間があるんです。

勝又:最後に、新庄で今後展開していきたいことをお聞きしたいですね。

吉野:ずっと残していきたい風景をつくりたい、と思います。だからこそ子どもたちにももっと関わってほしいという想いがありますし、動物や木と触れ合うとか、障がい者の方たちとの交流とか、ぼくらがおじいちゃんになっても「ずっとやってきて良かった」って思えるようなことをやれたらって思っているんです。そういうものを前提として、もっと施設をうまく使えるようにしていきたいですね。

勝又:樋口さんは?

樋口:今なにかをやろうとすると中学生とか高校生の子が30人くらい手伝いに来てくれるようになりました。彼らはやがて一旦は新庄を離れていくと思います。「新庄に帰ってきて就職してほしい」という気持ちも当然ありますけど、でも、なによりも色んな場所で活躍できるんだってことを身をもって体験して実感してほしいんですね。そしてまた、次の世代の中学生や高校生たちがこの場所でまた私たちと一緒にいろんなものを作っていくサイクルを生んでいけたら、と思います。

また、場所に関していうと「お金を生むだけが施設じゃない」っていう思いもあります。子育てのために必要な空間、子育てで悩んでいるお母さんたちがひと休みできる場所、話ができてストレス発散ができる場所、そういう場所がひとつくらいあってもいいんじゃないか。利益のためだけじゃないものも必要なんじゃないかなってことは市に訴え続けていきたいです。

あとは、新庄は古い建物が点在しているので、それを点から線で結んで、一周してまた帰って来られるみたいな感じにしたいですね。スタートしていろいろな所をまわって、あ、新庄って面白いなーってことになればいいなって。

勝又:ありがとうございます。7年かけてマルシェをやっているのも、それを実績として市やまちの人たちから理解してもらうことに繋がるわけで、やはり長く活動を続けていくってことが大切なんですね。

吉野:楽しまないと続けられないので、楽しみながらやってるという感じですね。山形のなかでもとくに新庄は雪深い場所です。四季のメリハリが強いので、感情的にも夏にかけて上がっていって、冬にかけて下がっていくんです。だから春先というのは凄く気持ちよくて楽しいんです。

以前外人さんにインタビューしたとき「四季がすごく羨ましい」って言われました。「自分の地域では四季がないから感情もフラットだけど、四季がある新庄はすごくいいよ」って言ってくれたんです。ああ、そういうふうなこともあるんだなって思いました。だから、やりたくないときもあっていいんじゃないかなって、この頃は思うんです(笑)。