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上山市/その土地の味を活かすワイン造り

山形ワインの印象や評価を訊ねたとき、その知名度もクオリティも国内屈指の「タケダワイナリー」。「良いワインは良いぶどうから」の信念を掲げ、およそ百年の歴史を刻む老舗だ。日本ワインの主流がまだ甘口の〝お土産ワイン〟だった頃から、既に本格派として評価を得ていたワイナリーに、確かな実力から定評を得てきたワイン造りの背景を訊ねた。

国内の業界を牽引する、山形の名ワイナリー。
出荷本数は年間約30万本。20年の歳月をかけて土壌改良を行い、自然農法などに力を注ぎ、既存の商品のブラッシュアップを図りつつ、新商品への取り組みを続けてきた。あまりにも有名な蔵王スターワイン(※)をはじめ、2008年の洞爺湖サミットの晩餐会で振る舞われた「ドメイヌ・タケダ」シリーズ《キュベ・ヨシコ》などがその顕著な例だ。

ワイナリーの歴史は大正時代、「武田食品工場」でのワイン造りにさかのぼる。創業当時のマスカット・ベリーA農園の前で。(写真提供/タケダワイナリー)

タケダワイナリーの歴史を語るワインボトルたち。

※蔵王スターワインは現在、2018年10月に完全施行となる「果実酒等の製法品質表示基準」により、新ブランド「タケダワイナリー」シリーズに生まれ変わっている。

「私は栽培家として5代目、醸造家として3代目ですが、自分たちが飲んでおいしいと思えるもの、納得できるものを作りたいという気持ちがとても強いですし、先代である父もそうでした。きっと祖父もそうだったと思います。納得できたものをみんなに飲んでもらいたい。ですから例えば、全国的に認められたいとか、そういった特別な気負いはないんです」とはにかむ岸平さん。

「ただこの地で為すべきことを為し、それをこつこつと積み重ねてきただけなんです。そうやってできたものを、届けたい一心で続けてきました。ですから、皆さんそれぞれ評価してくださってありがたいけれど、ちょっと驚いているというか、こそばゆい感じはありますね。でも嬉しいです」

その言葉からも、日々ぶどうやワインに向き合う実直な姿が想像できる。

自社で抱える約15ヘクタールの畑の一部。自然本来の力を引き出す考えのもとに、そのサイクルに準じて、雑草が覆い茂っている。

マスカット・ベリーAの選果の様子。ぶどうは人の目と手によって丁寧に選び抜かれ、平均で4時間ほどかかる。未熟果や過熟の房は匂いで分かるため、体調を万全に整えることも必要だ。

山形のワイナリーの持つ、多様性が呼応しあう。
山形県産ワインは、ぶどうの高品質化、地道な研修、技術指導を重ね続け、着実に全国へと知られるようになるとともに、評価も上がっていった。タケダワイナリーのワインもさらに注目を浴びるようになり、その高い評価が揺るぎないものとなったことは言うまでもない。

「山形はまず、ぶどうがいいですし、ぶどうの栽培に適した地であるというのが一番大きなポイントだと思います。昼夜の寒暖の差があるとか、雪を除いた降水量が比較的、他県より少ないとか。ここ上山の、地域としての条件もいいです。日当たりがよく、水はけもいい。粘土質の土壌もぶどう栽培に向いています。酸がはっきりしているとか、色素もしっかり残って、香りがすごく複雑であるとか、そういうぶどうができる土地柄だと思います。そういったこともあって、山梨の方々は普通に山形を羨ましがっていますし、新しくぶどうを作ってワイン造りをしたい人たちにとって、候補に挙がるのが山形なんですね。しかし、それを受け入れる行政側の制度が整っていない部分もあって、新規就農は北海道や長野に比べるとまだ遅れています。ですが、非常に良質のぶどうができるという意味では、県産ワインが評価され始めたのは納得です。原料はしっかりしていますので、技術力さえ伴えば、いくらでも高品質で評価されるワインができてくるはずだと思います」と、岸平さんは期待を話す。

「山形県のワイナリーは、一言で言うと面白いなと思います。山梨や長野、北海道のように、数が多いわけではないんですけども、多様性があるというか。中央の資本が入っている大きなワイナリーがあったり、ご家族経営の小さなワイナリーがあったり、第三セクターのワイナリーがあったり、私どものような中小規模があったり。様々なスタンスを持った方がたくさんいて、それがいい方に動くとすごく面白いなという思いはあります。お互いに情報を交換したり共有したりすることで、自分たちだけでは見えてこないものが見えてくるんじゃないかなと思いますね」

ワインは明治以降に造られるようになり、次第に大衆化していった。だが、全国のワイナリーが今日のように本格的な製造を始めたのはバブル期以降のこと。「ワイン造りはまだ新しい産業との意識が強くて、だからこそ、皆が手探りなんです」と岸平さん。

「何をやろうかって、それぞれが模索している。ですからワイナリーって全国的に結構オープンで、あなたはどういうふうにワインを作っているのと聞かれたら教える、聞いたら教えてもらうという、開けた空気があるんです。全国規模でも、日本ワイン造り手の会というのがあって、私が前会長で、今は酒井ワイナリー(南陽市)の酒井さんが会長を務めていらっしゃいますが、こちらも全国のワイナリーが集まり、みんなで勉強会をするというように、非常にオープンなんですよ」

それだけに生産者の意識も高く、ワイナリー同士の横のつながりも強い。

蔵の中へ一歩足を踏み入れると、ほんわりとした暖かさと、胸いっぱいに吸い込みたくなるような、ぶどうの発酵する、かぐわしい匂いに包まれる。

蔵の中へ一歩足を踏み入れると、ほんわりとした暖かさと、胸いっぱいに吸い込みたくなるような、ぶどうの発酵する、かぐわしい匂いに包まれる。

岸平さんは、県全体でワインの高品質化に取り組もうと2008年に発足した「山形ヴィニョロンの会」の会長でもあり、「若い人たちが学びたいこと、困っていることをきちんとすくい上げて、全員の糧になるような勉強会にしたいと思ったんです」と就任当時を語る。山形のワインの次代を担う若手や新規就農者に対しては、「期待はね、すごくしています」と力説してくれた。

「自分がどういうワインを造りたいのかを、いつも自分の中に問いかけて、突き詰めて、自分がやりたいものづくりで山形を盛り上げていってほしいですね。人のことはあまり気にしないで。やりたいことを突き詰めている人がいっぱいいると、盛り上がるんですよ」

そんな岸平さんが目指すワイン造りとは?

「私は、実はあまり〝目指すぞー〟というのがなくて、日々ぶどうに向き合って、それを最大限に生かすワイン造りができればといつも思っていますし、そればかりなんです。毎年、気候条件や、土地の状態、樹齢でも味は様々に変わってくるので、そういうものと向き合いながら、その年の最大限を引き出せるものを作っていく。毎年毎年、それを続けていくというのが私のワイン造りのスタンスです。この土地でやるべきことをやって、そこで納得できるものを作っていくことですね」

そういった考えから、日本ワインコンクール等にも出品を控えている。

「コンクール受けする造り、コンクールで賞を取れる造りというのは確実にあります。ですが、この畑でつくるぶどうと、賞を取れる味わいというのは、必ずしも一致しない。無理してコンクール向けの味に近づけることも全然できますが、それをやりたいかと聞かれると、私はやりたくない。ということは、別に賞を取ることのできる造りをしていないんだから、出品する必要はない。人からメダルをもらうことは優先事項ではなく、あくまで、この土地でこのぶどうを作って、この土地の味を出すことが最優先ですから」

ぶどうが欲していること。岸平さんは、そんな言葉を使った。

「この畑の、そのぶどうが欲していることを聞く。ぶどうが〝こういう造りをしてください〟って言うんですよ。私はその年のぶどうを最大限に生かし、この土地の味を出すワイン造りができればと毎年思っています」

ぶどうと対話を繰り返し、自分のワイン造りを突き詰め、その土地にとって最も良い形でワインを造ること。そこにこそ、ワイン造りの意義があるのだと感じさせられた。

写真&テキスト:gattahouse this article from gatta!